ExHの技術
(動くモノへ、電力を伝える)
1. はじめに
存在していないから思わないが、あれば当たり前になり、無くてはならないと思われるものがある。すなわち、身近に置ける有軌道搬送システム(以下、「リニア搬送システム」と言う。)である。
NゲージやHOゲージのおもちゃの電車があるが、これを実用に耐えうる数百W~数kW級の電力送電して搭載ロボット等に仕事をさせようとしても、危なくて使用できないことが判る。線路がむき出しで触ると感電するからである。
後述するが、他の形態のものも含めて身近に置けるリニア搬送システムが存在していないのである。このようなものが有れば、荷物の運搬、監視、介護等いろいろな場面で利用可能になり、工場の生産設備にも利用可能になる。さらに、この様な線路が屋外でも利用可能になれば、町の緑の管理、スマートアグリ、インフラセンシング、ビル外壁点検・清掃等にも使用可能になる。
さらに、無軌道型の自動的に掃除等を行うロボット、監視や運搬等を行うドローンと組み合わせても利用可能である。これらのロボットをリニア搬送システム上の移動ステーションから、充電、制御、資材供給等が行えれば、その利用範囲は飛躍的に拡大する。
今回の報告は、まだ見ぬ身近に置けるリニア搬送システムの可能性について議論したい。
特に、少子高齢化社会において、その必要性が極めて高くなることを最後に説明してゆきたい。
2.非接触給電技術について
(1) 純粋に電磁気的に送電する方法には何があるのか
送電方法には、超音波を用いる方法もあるが、純粋に電磁気的に送電する方法となると、図1に示すような四方式しかない。
第一番目の方法は、接触方法があり、コンセントプラグで使用されている。
第二番目の方法は、磁界結合方法があり、トランスなどに使用されている。
第四番目の方法は、電磁波で送る方法があり、一部分の技術は電子レンジで使用されている。光による電力伝送は、この中に含めることができる。
第三番目の方法として、電界結合方式がある。この方法で、商品化の試みがなされているが、現時点では、普及している商品は存在していない。
これらの技術について、個別に検討してゆく。
(2)接触方式は何が問題なのか
旧来より使用され、安価な技術として接触方式である。しかし、非接触給電が求められるのは、問題があるからである。問題点として次のものが有る。
金属同士の接触面に圧力が加わることが必要である。
接触圧力が低いと「接触不良」が起き、発熱、発火の原因になる。
詳細は、第3章第一節で述べる。
金属同士が圧力をかけた状態で移動させると、摩擦により電極が損耗してしまう。このため、定期的な接触部の交換が必要になるとともに、切削粉が発生する。
異物が混入したり、金属表面が参加等して絶縁層が出来たりすると、接触不良になる。電極を長期間使用しない場合や電極に錆が発生した場合には、接触不良になる。
接触電極には、リン青銅等の電気的特性、ばね性、耐腐食性等を併せ持つものが使用されていて、可能な限りの対処が施されているが、これ以上の発展は望めない。
(3)磁界方式は何が問題なのか
図2には、4つの伝送方式を周波数と伝送電力の関係で示している。接触式は、全周波数領域に関係するので、左端に記している。
磁界方式は、現時点で最も信頼でき、多用されている非接触給電技術と思われる。
しかしながら、周波数の上昇につれて、コア材の透磁率が追随できなくなってくる。
さらに、コイル自体が、表皮効果(近接効果)によりコイル線中に流れる電流の面積が低減してきて(抵抗が増大する)、大電力送電ではコイルが発熱してしまう。リッツ線を用いても、100kHz以上は効果が期待できない。
コア材としてのフェライトや導線である導線は高価かつ重い点も問題である。
伝送電力は、周波数の二乗に比例するため、周波数を増大させて伝送電力を増大させる方策は取れなくなる。電流を増大させる方法では、コア材の飽和磁束密度の壁がある。
この二つの問題は、極めて根源的な現象であるため、将来的な改善が期待できない。しいて、改善が期待されるのは、導線がCNT(カーボナノチューブ)で作られるようになる可能性があることである。
(4)電界方式の利点
磁界方式では、磁界を媒体としてエネルギーを伝達するコイルが問題を抱えている。これに対して、電界結合は、二枚の金属を対向させて電界でエネルギーを伝達するだけであるため、磁界式に比べると極めてわずかな発熱しかない。しいて言うならば、金属板間の誘電体の誘電損失が考えられるが、空気ならば問題ない。
周波数を高くするほど、インピーダンスは低下するため、電力伝送は容易になる。
後述する線路では、電力を同軸線路等の空間を媒体とする伝送線路を用いるため、表皮効果等の問題を受けにくい。
よく言われるのは、大電力化すると絶縁破壊するため、これが電界結合方式の送電電力の限界であると言われる。すなわち、電極間に電圧がかかってくるとグロー放電が起き、さらにはアーク放電が起きて電極が溶融してしまからである。
しかし、電極表面に絶縁層(例えばDLC膜:ダイヤモンドライクカーボン膜)をコーティングしておくと、アーク放電は発生せず、バリア放電になる。バリア放電は、放電が発生しても絶縁層がチャージアップされると放電が停止されてアーク放電には至らず、異なる場所で同じ放電が繰り返される現象である。さらに、高周波であれば、これが周期ごとにリセットされ反対側電極との間で交互に繰り返されるため、連続的に発生させることができる。
電極間に放電が繰り返されるとプラズマが発生するが、このプラズマの密度によっては、導電性が付与されて空間が導体として機能し、極めて効率的な電界結合が実現できる可能性もある。
しかし、電界結合は、電源内ではトランス等の磁気を用いた素子を用いているため、コイルの抱えている問題を引き継ぐことになる。異なるのは、磁界結合では大きなコイルを必要とするが、電源内では小さいコイルであるとともに、分散化することも可能である。でも、磁界方式よりも高い周波数で使用するとなると、この問題は制約要素であると言っても良い。
高周波スイッチング素子についても言及しなければならない。電界結合は、100kHz以上の周波数帯で使用すると言っているが、Si FETしかないときには、効率的な高周波源を作るのが困難であった。しかし、SiCやGaNというワイドバンドギャップ半導体を用いた素子が登場したおかげで、数MHz帯域でも、極めて効率の良いスイッチングが可能になってきた。特に、E級増幅のインバータを用いれば、95%以上の変換効率が実現できる。
(5)電界結合がなぜ使われていないのか
電界結合の利点を述べたが、現状では電界結合を用いた製品が無く、磁界結合に比べて開発も低調である。その理由を次に述べたい。
a. 低い周波数では磁界方式に対してメリットがない。
図2に示すように、100kHz以下の領域では電界結合より、磁界結合のほうが圧倒的に優れているため、電界結合はかなわなかった。
b. 高周波スイッチングが難しかった。
高い周波数でパワースイッチング可能な素子としてIGBTがあり、IH調理器などに使用されていたが、MHz帯では効率が出なかったようである。このような時に、SiC、GaNのワイドバンドギャップ半導体が登場した。まさに、次世代パワー半導体の登場により電界結合技術が実現可能になってきた。
c. 回路方式の問題点
電界結合の実用化が困難だった原因の一つに回路の問題がある。回路としては、図3に直列共振回路、図4に並列共振回路を示す。各回路は、下側に送電部、上側に受電部を置いてあり接合容量CCで接続されている。
直列共振回路には、二つの接合容量の直列合成値と、目的とする周波数で共振するインダクタンスを直列に接続したものである。接合容量も共振回路の一部を構成する。
これに対して、並列共振回路は、送電部と受電部に目的の周波数で共振する共振回路をそれぞれ設け、電源及び負荷とは共振回路のインダクタンスとトランス結合させている。このため、接合容量は共振回路の構成要素ではない。
図5は、10cm角の電極を対向させて接合容量を形成したときに、コンデンサの電極間隔を変化させたときの2MHzにおける送電効率を示している。電極間隔は、1μm~10mmまで変化させている。
キャパシタンスのみの時には、電極間隔を10μm程度離すと伝送効率が低下してきて、電極間隔が300μm程度の時には、20%程度の効率しかなくなる。
これに対して、並列共振回路の場合には、電極間隔が100μm程度離したところから減少し、2mm程度離したところで20%程度の効率になる。このように、並列共振回路を用いることで、電極間隔を広げることが可能になる。すなわち、接合容量が小さくても電力送電が維持できることを意味している。
これに対し、直列共振回路は、任意の大きさの接合容量に対して共振関係が取れるインダクタンスを使用すれば、共振ピークが立って送電可能となる。
電界結合の利用価値は、送電側の電極と受電側の電極を相互に動かすことで、リニア的に移動したり、回転させたり、コネクタとして使用したりできる。このため、接合容量を構成する電極間隔は変化することが多い。さらに、水分やごみ等が詰まって接合容量が変化することを前提に考えなければいけない。
図5を見ると、直列共振では特定の間隔で共振関係を構築しても、電極間隔がずれてしまうと急減に伝送効率が低下してしまう。これに対して、並列共振回路は電極間隔の変化(接合容量の変化)に対してロバスト性がある。さらに、電極同士が接触して導通したり、水が混入して接合容量が急増(水の誘電率は、空気の誘電率の80倍)しても、並列共振回路の場合には電力を送電可能である。
直列共振の場合には、この様な変化に対して対応できない。過去に、直列共振回路を用いた電界結合の実験も行われたが、実用化されなかったのは回路の問題があると思われる。
d. 接合容量の問題
図5から見てわかることは、電極間隔を離せないということである。「磁界結合方式では、コイル間隔を1m程度離しても送電しているではないか。電界結合では電極間距離を5mm、10mmも離せないのか。」という落胆に近い疑問がわく。電界結合でも、電極面積を大きくしたり、電極間の誘電率を上げたり、電圧や周波数を上げれば、距離を延ばすことは可能である。
しかしながら、距離を離すことは放射電磁界を空間に放つことであり、電力を増大させれば、人体防護関係の指針、高周波利用の基準等に抵触し、大電力送電が出来なくなることを意味している。磁界結合は、まさにこの問題に直面している。
であれば、接触による摩耗等の問題を回避するために微小間隔の非接触化を追求し、電磁界放射を低減して、大電力送電も可能な方向に進む方向性もあると思われる。これが、電界結合技術における一つの開発方向であり、本稿はこれに従っている。
でも、接合容量が確保できる程度の微小間隔を維持することのできる電極構造を実現するのも大変なことである。これも、電界結合の実用化を困難にしている原因の一つである。この問題に対しては、三種類の方式の電極を提案して臨む予定である。
さらに、磁界結合方式は一つのコイルを用意すればよいが、電界結合方式では二つの電極を用意し、極性も違えて対向させなければならい点が難しいとも指摘されている。
e. 社会的風潮としての非接触給電
非接触給電に対して、社会全般に極めて強いニーズであると思われる。特に、離隔送電に魅力があると思われる。この点で、電界結合技術は近接領域の非接触給電であるため、魅力度が乏しく、検討されてこなかったと思われる。しかし、離隔送電は電磁波放射が付きまとって大電力送電電力が制限されているが、近接送電は電磁波放射が少ないため、大電力送電を可能にする。
3.電界結合技術の適用範囲
電界結合が磁界結合や電磁波による電力伝送と異なるもう一つの点がある。それは、電界結合は、接触方式の延長であるという点である。加える電流が直流(まはた商用周波数)から、高周波に代わっただけである。
図6には、電極における各種接触状態を示したものである。
(a)図は、接触方式を示したものであり、金属同士に圧力を加え、接触抵抗を下げて使用しいる。
(b)図は、この接触圧力を下げた場合であり、「接触不良」と言われる状態である。接点抵抗が高くなり、大電力送電時には、接点が加熱してしまう。2018年6月に新幹線の架線が焼き切れるという事故が起きたが、鉄道総研の調査では接触不良部で接点が高熱を帯び、接点が柔らかくなって細くなり、パンタグラフとの間にできたわずかな隙間で放電が起きたためであるとのことである。すなわち、接触方式では接触圧力が極めて大きな意味を持つ。このことは、接触圧を伴って高速移動するため、摩耗が避けられずメンテナンスが欠かせないことを示す。
接触不良状態でも、接点近傍は極めて近接したキャパシタであるため、電界結合であれば、導電電流と変位電流が共存でき、接点としては問題ない。
(c)図は、電極表面に絶縁層をコーティングしたものを離隔して対向させる場合であり、移動体等に用いることができる。電極間には、媒質が存在する。通常は空気であるが、水やオイルを用いても良い。高い誘電率で、誘電損失の小さいものを使用する必要がある。
媒質として、プラズマを用いる場合も考えられる。絶縁層が少なくとも一 方にあれば、バリア放電で止まり、アーク放電に移行することはなく電極の損耗を防げる。
以上より、電界結合は接点不良状態、媒質を挟んだ状態、プラズマを介在させた状態までを対象範囲としている。
4.電界結合非接触給電の応用としての軌道式搬送システム
(1)既存の軌道搬送システムと電界結合方式の比較
ここからは、搬送システムに絞って話を進める。表1に、接触式を除いた、磁界および電界結合の非接触電力伝送技術を用いた搬送線路を分類して示した。